今日はさこです。私はずっと書道の世界で生きてきました。
中高一貫校で、書道の講師をしていて、クラブ活動も担当していました。
クラブ活動の方針としては運営学年が自分たちのやりたいことを決めて、
引退までに成し遂げるいうことを指導してきました。
夏休みに三泊四日の合宿で、作品を仕上げて、学園祭で飾るというものです。
2007年にご縁があって、東京都高等学校書道連盟展に出品するチャンスがあり、
その年の学園祭の作品を出品することとなりました。
伝統的に書道のレベルは高かったので、気軽に出品しました。
「井の中の蛙」とはこのことで、作品の大きさだけでも、圧倒されてしまいました。
当時、うちの学校では半切版といって、36×136の大きさに書いていましたが、ほかの学校は二八版の60×240が普通でした。
紙の色、文字の大きさ、一枚の紙の中に入れる文字の数、見せ方等々、
今までは視野に入れていなかったことに気づき、カルチャーショックを受けたのを覚えています。
賞を狙うにはポイントがあったのです。
通称高文連と呼ばれる書展を見た次の学年の生徒たちも、
まずは大きい作品を書かなければ対等に戦えないということに気づき、
早速翌年から、半切版以外の大きさや二八版に挑戦しました。
生徒たちもノリノリ、ワクワクで、クラブ活動に熱気が満ち溢れました。
翌年2008年は、賞狙いでした。
文字数も多い、文字の大きさも考えて、見せ方も考えました。
そのころ、大学のサークルに指導にも行っていたので、玉ねぎの皮を煮詰めると、きれいな黄色になること、
その抽出液を使って罫線を引き、木簡という書体で出品しました。
合宿の前に玉ねぎの皮を生徒たちから集めて、煮詰めて、合宿に持っていきました。
学園祭の作品は一変し、注目を集めました。その勢いで、高文連に出品!
飾られた作品を見たとき、「結構いける!」と、思っていたら、
なんと、見事成功して、トップ7名に選ばれ教育委員会賞をいただきました。
教育委員会賞というのは、全国大会出場権ということです。
都庁で表彰されて、学校には、垂れ幕がかかり、卒業時表彰されるというものです。
そう、よく高校や大学に運動部が全国大会出場決定と書かれたあの垂れ幕です。
文化部で初めて全国大会に出場しました。
垂れ幕もかけてもらい、
当時、全国大会開催高が宮崎でしたので、宮崎にも行きました。
折から、学校は生き残りをかけて、進学校への変革の道を進みはじめていて、
先ず、時間数を切られるのが、芸術科でした。
時間数が減ってしまう最後の時に、全国大会出場を達成できたことが、心の底から嬉しかったのを覚えています。
また、当時俳句をやっていたので、会の機関誌の冠頭句に選ばれました。
「学舎の祝の垂れ幕冬燦と。(まなびやのいわいのたれまくふゆさんと)」
学校が高台にあったのと、そばにある銀杏の木に日が差して、金色に輝いていました。
それまでのクラブの目標は学園祭の一位狙いでした。当時書道部員は15名ほど、
吹奏楽部などの華やかなクラブは部員100名規模と戦うのですから、
元々モチベーションは高いクラブに育っていたのです。、
翌年からは、全国大会が目標となったのですから、モチベーションも上がり、活発になりました。
私は縁あって、IBSAの提供するインターネットビジネスの道に入りました。
IBSAのBMTSは
*心理テクニック(人間心理)
*モチベーションコントロール(自己啓発)
*マインドセット(成功哲学)
*成果が出ている実証済みノウハウ
の4つがオールインワンで、揃っているものです。
上記の4つのうちのひとつを、
2019年12月IBSAの本講座のワークに参加した時、体感できました。
その時ワークの一つが自分の過去の成功体験と今の自分とを紐づけするというものでした。
ブレスレットなどに紐づけをして、いつでも同じ状態を呼び覚ますというものでした。
その時、クラブの時のことをありありと思い出しました。
もちろん、忘れたことはありません。しかしながら、ワークを進めていくと、
当時と同じように生徒と喜びあったことや、先生方が、応援してくださったことや、
宮崎に行ったこと、緊張感やワクワク感など、
当時のままに思い出し、熱くなったのです。
書道であったとしても、上手いというスキルだけではなく、それをを土台に、
見せ方や紙の大きさ、文字の大きさ、様々なことが上手くいったとき、成功しました。
それと、仲間です。合宿という場所で仲間と先生がいるという環境で成就します。
当時、ニュープロを知っていたら、もっと楽に乗り切れたこととも思いました。
それまで、書道の体験とインターネットビジネスは別物と思っていましたが、
ワーク体験を経て、
同じなんだと気づいたとき、パソコンのスキルは当然持たなければ始まらないと思いました。
それを土台として、稼ぐ、お金持ちでになるという目標設定をしました。
「いつかお金持ちになる」から、ひと月1万円という具体的な数字にしました。
すると、どうでしょう。
パソコンに向かう時間が増えて、スキルがどんどん上がりました。
そこでも、仲間の存在、仲間の力に助けられてのことです。
そして、今月5月、1万円の収入は達成することができました。
優れた教材と、素晴らしい仲間たちのおかげです。
あなたもあなたの過去の成功体験をいかして、インターネットビジネスを
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Sako Kura
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