琉球の染 紅型の工房を訪れて

みなさまごきげんよう

Webライターの裕華です。

先週の金曜、土曜の2日間、私の大好きな

沖縄へ行ってきました。

今回はダイビングはせず、観光もそこそこに

沖縄の伝統的な、紅型の工房を

見学に行ってきました。

紅型ってご存じですか?

 

 

紅型(びんがた)とは、

沖縄を代表する伝統的な染色技法の一つです。

14世紀の紅型の裂が現存しており、

技術確立の時間を考慮すると、

その起源は13世紀頃と推定されます。

 

「紅」は色全般を指し、

「型」は様々な模様を指しています。

 

 

紅型の歴史は、琉球王国の時代、

主に王族や士族の衣装として染められていました。

王朝は、染屋を首里城の周りに置き庇護します。

 

 

薩摩の琉球侵攻の後は、日本本土との交易などに重点が置かれ、

殖産の増進政策によって技術が飛躍的に向上していきます。

しかし、明治時代の王府廃止に因って琉球王朝は滅亡します。

 

 

庇護を失った染屋は廃業を余儀なくされ、

多くの職人が首里を後にし,

宮廷のために生まれた紅型は衰退していきます。

 

 

現在、古紅型と呼ばれるものは江戸時代頃の作品が多いようです。

本土の影響からか友禅とモチーフが共通したものが多いようですが、

ほとんどは中国の吉祥文様を図案としています。

 

 

当時の王族・士族階級の女性および

成人前の男子の衣装として作成され、

文様に衣装を身に着ける者への加護の意味が込められています。

 

第二次世界大戦で多くの型紙や道具が焼失してしまいます。

一部型紙等は本土へ渡り保管されていました。

 

戦後、それら型紙を分けてもらい紅型復興に尽力したのが、

王朝時代からびんがた宗家として染物業に従事してきた

城間家の城間栄喜と知念家の知念績弘です。

 

 

戦後の材料不足の中、拾った日本軍の地図に

下絵を描き型紙として利用しました。

 

実際の型紙を見たことがありますが、

このようなものによく描くことが出来たんだなって

感心しました。

 

割れたレコード盤を糊(防染糊)置きのヘラに、

口紅を顔料のかわりに、薬莢を糊袋の筒先に使用するなど、

工夫をしながら紅型の復興に勤めます。

 

ほんとに涙ぐましい努力をして、

寝食を忘れて、紅型の復興に力を注いだことがうかがわれます。

 

 

さて、ここでどのようにして紅型が出来上がっていくか

ひも解いていきましょう

 

 

紅型の技法

型紙を作るため、まず薄い紙に下絵を描き渋紙(しぶがみ)に貼ります

「琉球びんがた」の型彫りには突彫りの技法が用いられます。

 

型紙には「白地型」と「染地型」の2種類があります。

「白地型」は地を彫り落とし模様を残す方法で、

「染地型」は逆に地を残し、模様の部分を彫っていく方法です。

細かい模様の部分から彫り始め、彫り上がった型紙は紗張りをします。

 

 

型附け(カタチキ)

型附けには防染糊が用いられます。型紙は一枚型を用い、

布面に型紙を置いてその上から防染糊を

ヘラでしごく方法を型附けといいます。

 

型紙の彫り落とされた部分に糊が施され、

生地に文様が型附けされます。

 

仕上がりを左右する大変重要な工程です。

型附けに用いる場合、糯米4:糠6の割合を目安に、

染める生地の素材によって配合を調整します。

 

防腐と防染効果を高めるために消石灰を入れ、

型附け後の糊の亀裂防止のために塩を加えます。

 

色差し(イルジヤシ)

色を差すことを「イルクベー(色配り)」といい、

「琉球びんがた」の美しさは

このイルクベーにあると言われています。

 

顔料と天然染料による彩色の技法も

「琉球びんがた」独自のものです。

 

色差しの順序には決まりがあり、

朱など赤系統の暖色系から差し、

次第に寒色系を差していきます。

 

 

隈取り(クマドウイ)

 

色差し、刷り込みの後の文様の部分にぼかし染を施します。

「琉球びんがた」独特の技法。

色差し筆と隈取り筆の2本で行います。

 

色差しの色によって隈取りする色に決まりがあり、

隈取りでは立体感や遠近感、

透明感を出す効果が得られ、色の補強の効果もあります。

 

糊伏せ

地染めを行う前に文様の上に防染糊を伏せる方法で

「ビンウシー(紅押さえ)」という。

文様の色の防染だけではなく、

生地の白場や文様の白場を効果的に出すための役割を果たします。

 

 

地染め

「琉球びんがた」本来の地染めは、

顔料、染料による刷毛引きの手法で、

藍染めの場合藍壺に浸けます。

 

地色には黄色地、葡萄地、緋色地、

金黄、紺地、水色地など色々あるが、

中でも黄色地は植物性染料の

福木の樹皮から取れる染料で染められ、

王朝時代には一番位の高い色とされ、

高貴な人々の衣装の地染めに用いられました。

 

 

水洗

生地に施した防染糊や余分な染料、

顔料、薬剤などを洗い落とす作業。

 

水槽いっぱいに張った水の中で

軽くたたみ込むようにしながら、

布が水面に浮かび上がらないようにします。

 

一定時間水に浸すと自然に糊が柔らかくなり、

布から遊離します。

生地に糊分が残らないように

何度も水をかえて水洗を行います。

 

ものによってはこの後さらに型附けや糊伏せの工程が続きます。

一反の布が染め上がるにはかなりの日数がかかります。

 

しかもすべて手作業です。

気の遠くなるような作業がえんえんと続きます。

 

すべて手作業のため、同じものは作りません。

例えば斜めに柄を入れた場合、

Aの反物には右上から左下へ流して模様を入れ、

Bの反物には左上から右下へ流して模様を入れていきます。

 

この場合、同じ色、同じ模様を使っても

出来上がった反物は全く別のものになります。

オンリーワンの反物が出来上がるのです。

 

今回見学に行って、紅型がとても高額な商品であることが

よくわかりました。

 

型紙を起こし、機械で量産すれば確かに

価格は下がるでしょう。

 

でも、紅型本来のあの細やかな柄は出せません。

すべて手作業だからこそあの美しい紅型が生まれるのでしょう。

沖縄の伝統的な染、紅型が後世まで受け継いでいかれることを

願って、旅を終えました。

 

反物は高価なので、ここでは手ごろに買える

紅型のハンカチのご紹介をしておきます。

また、今回の首里城の復興のご協力をお願いしたいと思います。

 

よろしくお願いいたします。

The following two tabs change content below.
裕華

裕華

歴史の都、京都に生まれてからずーっと住んでいます。 学生時代は海外に憧れ、大学で語学を学びました。 現在は不動産会社で、事務員をしています。 時々、休みを取って趣味のダイビング旅行を楽しんでいます。 とってもアクティブなミドルエイジです。 一度しかない人生を楽しく過ごしたいと日夜努力を惜しみません。 同年代の皆様、素敵な人生を一緒に楽しみませんか?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です